吠える主婦の絵日記

育児マンガとどうしようもない独り言。お気軽にコメントください!

ビジネス三国志

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戦場へGO



日本で卑弥呼が誕生するちょっと前、中国市場は漢屋という超大手問屋によって独占状態にありました。
しかし、若い当主が跡を継ぐと幹部たちは当主のご機嫌伺いばかりするようになり、サービスクオリティはみるみる下がっていきました。

これを受け、一部の志ある幹部や社員たちは、MBO・独立をもくろむようになっていったのです。

1人めは袁紹。漢屋の幹部の息子である彼は、妾の子ながら、他の子たちを抑えて一族の当主となります。潔癖な彼は会社の腐敗を許せず、退社して一族が地元で販売していた百貨店業務を引き継ぎます。ちゃんとしたおうち出身らしくプライドが高い彼は、会社をオールドスクールな大企業に育て上げます。

袁紹の幼馴染に、曹操という男がいました。彼の実家は風俗経営やパチンコなどで成功して小金もちでした。彼も祖父の資本を元金に独立、なんでも扱う商社を設立しました。モットーは「会社は人材が命」。

孫スーパーは、南部地域に広く展開していて、漢屋とは資本提携があるものの、緩いつながりを保っていました。
ここも家族経営でしたが、最近当主が亡くなり、孫権という若い社長が跡を継ぐことになりました。とはいっても、若いのでまだ父の代からの幹部たちの言いなりです。

こんな中、劉備という田舎の青年が一念発起、24時間営業という画期的な形態の小売店をオープンします。口癖は「俺、偉い人の知り合いいるんだよね。」コネをちらつかせ異業種交流会などで幅を利かせた彼はしかし、古くからの友達を大事にする面もあり、会社の幹部は彼の幼馴染で占められていました。

さて、袁紹百貨店は順当に拡大を続けていましたが、いつまでも学歴主義を続けていたため、人材の流出が相次ぎました。
袁紹百貨店から、「人が命」の曹操商事に転職する若手が相次いだのです。
しかも、東大卒で優遇されていたはずの荀彧までもが曹操商事に転職してしまいました。彼は優秀なジモティーたちを袁紹百貨店から引き抜き曹操商事に入れてしまいました。
元ヤンでも、Fラン大卒でも、品行が悪くても袁紹百科での査定が悪くても、曹操が見て優秀だと判断した人は、曹操商事ではたいへん優遇されました。

こうして成長を続けた曹操商事は、とうとう漢屋の買収へと動き出しました。
没落したとはいえ、漢屋ブランドの○漢印はまだまだ定番の人気。これをとられては袁紹百貨店も危ない。両社は真っ向から対立するようになります。
資本集めに奔走した両者ですが、あくまで上品な経営にこだわる袁紹百貨店に対し、曹操商事はまったく逆をいく策を繰り出します。

「うちはアダルト商品の取り扱いを行います」

このプレスリリースがすべてでした。またたく間に曹操商事は優勢に、袁紹百貨店は敵対的買収されてしまったのでした。
皮肉なことに、袁紹百貨店の買収に動いた曹操商事の若い幹部は、袁紹百貨店から転職してきた元ヤンだったのでした……。

袁紹は失意のうちに死去。幼馴染だった曹操は泣いたと言います。

そんな折でした。資金不足に陥った劉備コンビニエンスが出資を求めてきました。
今や押しも押されぬ大企業となった曹操商事は快く引き受け、劉備の持ち株の一部を取得し、これによって劉備コンビニエンスは店舗拡大に成功します。
しかしその直後、劉備コンビニエンスは曹操商事が独自に開発した顧客管理システムを勝手に利用、しかも改良して販売を始めたのです。
これ以降、両者は敵対関係になります。

ただし、人材コレクターの異名を持つ曹操がただ指をくわえているはずもなく、劉備コンビニエンスから、唯一の大卒だった幹部社員を引き抜いてしまったのです。

メイン市場で様々な勢力が戦う中、南部では地方に根差した孫スーパーが平和に経営を続けていました。南部の人にとってスーパー=孫、他にあるなんて知らないくらいのレベル。経営は安泰かのように思われました。
しかし、曹操商事がスーパー・百貨店業務で南部への進出を発表し、その足掛かりとして孫権スーパーとの提携を求めてきたのです。
曹操から提示された条件は実質上の吸収。
まだ若い社長の孫権は迷います。しかし、「東京もんに吸収されてたまるか」的な南部精神により彼らは提携を拒否。なんと全スーパーで全商品50%OFFという決死の作戦を実行して曹操スーパーを迎え撃ちました。住民たちもこれに呼応。なんか知らん北部もんのお惣菜なんて味付けが濃くて食えるかい、と、こぞって孫スーパーになだれ込んだのです。
これにより、曹操商事はあえなく南部から撤退し、以降南部市場を目指すことはなかったのです。



ここまでが赤壁の戦いです。三国志大好き。