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吠える主婦の絵日記

育児マンガとどうしようもない独り言。お気軽にコメントください!

エデンの東でわからない、AとCの対立【ネタバレ】

エデンの東で作者が書く「善と悪の対立」について。
私は、善、悪という言い方は、便宜的なのかな、と思ったけれど。
作品は、A側の人間とC側の人間の対比の繰り返しという形で書かれているということらしい。

A側の人間: アベル、アダム、アロン
 子孫を残さず、奪われる者。愛される者。
 世界とのつながりが薄く、自分が形成した完璧な世界の中で生きようとする。 

C側の人間: カイン、チャールス、キャレブ
 殺す者、否定される者。
 狡猾。A側への羨望を持ち、葛藤がつきもの。


わかんなかったのが、
アブラ(A)、キャシー・エイムス(C)ってとこ。
この2人にもAとCの対立が現れている?

しかもキャシー・エイムスは(Cathy Aimes)。
私から見て、アブラがACなら納得がいったんだけど・・・。


ちなみに、私はずっとC側に共感しながら読み進めていた。
キャレブの、変わりたい、もっと優しくあるために強く、(ある意味鈍感な)善い人間になりたいという切ない思いは経験したことがあるし、
彼は17歳だったけれど、自分はもっと長いこと激しく思い続けているのだから、
まさにスタインベックが言うとおり、永遠のテーマ。

しかも正直、キャシーの気持ちもわからないではなかった。
何か人より多くて、何か欠けてるところがあって、仕方なかった。こうやって生きるしかなかったんだ、って言い訳は、何度も自分に言ったもの。

元々この作品を読んだきっかけとなった町田選手は、
自分はアダムの側だからアダムに共感する、的なことを言ったらしいので、
A側に共感する人も、同じように変わりたい、もっと強くなりたい、世界とつながっていきたい、
という思いを抱きながら読むんだろうか。

私はもっと善く、もっと愛される、もっときれいな人間になりたいと痛いほど思ったけれど、
もっと賢く、器用に生きたい、世界を理解してその動きについていきたいという思いも、
同じくらい切なくて重要なのかもしれない。
そうじゃなければ、物語の前半をアダムの話で割くはずがないし。

それで、ミルズさんが振付けたエデンの東が、
A側の思いから作られたのだとしたら、
それにC側の私が同じように共感するというのがおもしろいと思って。
正反対の思いから現れた表現が同じものに行きつくということは。

それから、作者は1回の人生しか生きていないハズなのに、
どうやって両側の視点を見たのだろう、というのも興味深い。


とりとめがなくなっちゃった。

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