吠える主婦の絵日記

育児マンガとどうしようもない独り言。お気軽にコメントください!

『エデンの東』挫折した人に「ティムシェル」の部分だけ解説してやるっち

あー、最初に。

エデンの東、決して読みにくくないっす。
古い作品の中でも、読みやすい部類だと思う。

なので、うちの夫みたいに、
冒頭文で4文字以上漢字が続いた時点で
「なーんだ、これ、中国語の本だよ」(素)って人じゃなければ読めるはず。

※うちの夫はけっこう読書家だが、読むのはすべて技術書だ。
天地明察』の目次見て「中国語の本?」と聞いたのは本当の話。

なので、基本は読んじゃうことをオススメ。
「あかん」言う人は以下、ざっくり要約。
若干のネタバレを含みます:



アダム言うお金持ちがいます。
双子の男の子が生まれたのですが、その直後、最愛の奥さんが家を出て行きぼーぜん自失状態。
子供たちが生まれて1年も経とうと言うのに、名前をつけることすらせず、自分の殻に閉じこもっています。

心の優しいご近所のサミュエルは、これを見かねて、
アダムをブッ飛ばして正気に戻します。
そして、聡明な中国人コックのリーと3人で、双子の名前を決めようと相談し始めます。

3人 「聖書に参考になる名前がいっぱいあるから、こっから探そう。」

サミュエルが聖書を読み始める。

最初にアダムとイブがいました。アダムとイブに、カインと言う子供ができました。次にアベルが生まれました。
カインは主(しゅ、ね。神様ね)に農作物を捧げました。アベルは畜産物を捧げました。
主は、アベルの捧げものだけを大切にしました。

カインは怒り、アベルを殺してしまいました。

アベルの血を吸った大地はカインを呪いました。
主は、カインはもう大地を耕せなくなること、放浪の身となることを告げました。

カインは神に、『この罰には耐えられません。
あなたは大地から私を追い払い、私は大地の囚人であり放浪者になる。
私を見つけたすべての人が私を殺そうとするでしょう』と訴えました。

主は、『では、カインを殺したものは、7倍の報いを受けることとしよう』と、
カインに印をつけました。
カインは主の前から姿を消し、エデンの東にあるノドの地に移り住みました

サミュエル 「なんかこれ、 鬱系の話じゃね?」

アダム 「神様ひどくね?」

リー 「牧畜民族が書いた話だからしかたないんじゃね」

サミュエル 「でも、神様がカインに印をつけたのは守るためなんでしょ?カインをかわいがってるの?かわいがってないの?なんなの?」

3人 「なんかイマイチわかんね」

結局双子にはカレブ(アメリカ読みキャレブ)とアロンと言う別の名前を付けてその場は解散。

~数年後~

リー 「ねえ、ねえ、昔一緒に聖書読んだじゃん?その時読んだ話について気づいたんだけど、聖書の翻訳版によって、訳し方に微妙な違いがあるんだよね。
神がカインに語りかける場面を見てみるとさ、

欽定訳(主にイギリスのジェームス王訳と呼ばれるもの)では
『汝が正しい行いをしたのであれば、受け入れられるのではないか?
汝が過ちを犯したのであれば、罪が戸口で待っている。
そして汝は彼(罪?)に望まれ、汝は彼を従えるであろう(thou shalt)』

ってなってるんだよね。

要するに、 カインは罪を支配する(⇒に打ち勝つ)って書いてあるんだよね。

でもアメリカ標準訳聖書では、
汝は彼を従えるべし(do thou)』
になってるんだ。これってけっこう違うよね。 」

サミュエル・アダム 「・・・そう?」

リー 「だからヘブライ語勉強してみたんだけどさ」

サミュエル・アダム 「まじ?」

リー 「原文に立ち返ったら、この違ってる部分に使われてた言葉は、
timshelって言葉だったの。調べたら、timshelは'thou mayest'と訳されるわけよ。
ようするに、本来の意味は『罪に勝ってもいいよ』ってこと。」


(一言解説) thouとかmayest は古文です。thouとかtheeとかは今のyou。
mayestは今のmayに当たります。
mayとは、許可の意味であり、可能性の意味でもあります。
you may win なら、「勝ってもいいよ」でもあり「勝つかもしれないよ」でもあります。


サミュエル・アダム 「・・・で?」

リー 「アメリカ版の聖書は、人間に『罪に勝て』って命令してんの。
イギリス版は『勝てるよ』って約束してんの。
でも本来のtimshelっていうのは、人間に選択肢を与える言葉なの。
それって、世界で一番大事なことばじゃない?」


おいら解釈:
ミツバチが『もう蜜集めてらんね』とか思っても、
犬が『飼い犬にはなりたくねえ!』とか思っても、
動物には運命を変える能力が、神から(自然から、進化の法則で)与えられてないんだな。

その点人間は与えられた選択肢がたくさんある。

うちらはみんな、
「勉強しなさい」って言われて育ってきたけれど、
うちらが置かれていた条件は、
「勉強してもいいのよ」だったんだよね。
「自分で運命を掴み取りなさい」「掴み取れるはず」っていう言い方をすることが多かったけれど、実際には
「掴み取るという選択をしてもいい」状態にあったんだ。

自分の望むように運命を変えようとしてもいい、そのように動く自由がある。
それは人間だけに与えられたものなんだよ、すげえよ、というのがリーの気づきだったんじゃないでしょうか。

ちなみにこれは物語の中盤の話です。それまで父アダムとその弟の物語、 そして後半はカレブとアロンの兄弟の物語が、聖書に多少沿うように紡がれていきます。

私はこの物語から、人間が根底に持っている「愛されたい」という欲望、 そして愛されるためにもっと良い人間になっていきたいともがく人間像を読み取りました。 でも、愛されたくてそのために良い人間になろうともがいても、瞬時に良い行動をつかみ取るのは人間にとってとても難解なことなんですよね。。。ってなことを考えながら読みました。

映画版は大事な登場人物であるはずのリーが登場しないらしいので、ぜひとも小説で読んでみてくださいませ!