吠える主婦の絵日記

育児マンガとどうしようもない独り言。お気軽にコメントください!

ルクレツィア=ボルジアの波乱万丈すぎる人生

マンガやミュージカルやドラマやゲームにもなっているので知っている人が多いと思うけれど、
歴史上、ルクレツィア=ボルジアの人生ほど波乱とスキャンダルに満ちたものはないと思う。
何年も前に図書館でたまたま本を手に取って読んで、そのまま読むのをやめられなくなった。

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14歳のころ描かれた肖像画。
口が大き目だったそうなので、この絵は理想なのかな。聡明な美女だったそうだが。

ルネサンスのイタリア。権力を求める父と兄たちに利用されて、政略結婚を繰り返した。

毒婦だったのか運命に翻弄される無垢な乙女だったのか議論が分かれるようだが、
ルクレツィア自身、兄チェーザレが主催した乱交パーティーに出席していたほか、
たくさんの愛人がいたので、決して翻弄されていただけじゃない気がする。
というか、兄と乱交パーティーとか、もう目が回りそう。

ほとんどが噂でどれが本当かわからないけれど、彼女の人生はこんな感じ

出生

父親はロドリゴ=ボルジア。のちの法王アレクサンドル6世。
母親は愛人だったが、本妻よりも大事にされ、4人の子供を産んだ。
兄弟仲はよかったらしい。
上からホアン(ジョバンニ)、チェーザレ、ルクレツィア、ホフレ。
チェーザレ長男説もあり。

少女時代

ルクレツィアの同い年の友人が父の愛人だったというとんでもない家庭環境。
12歳の時、父ロドリゴは財力にモノを言わせて教皇になり、絶大な権力を手に入れた。

最初の結婚

13歳で有力貴族のジョバンニ=スフォルツァと政略結婚。
しかし間もなくボルジア家にとってスフォルツァとの同盟は不要になり、
ルクレツィアは兄チェーザレに、ジョバンニの暗殺を命じられる。
ルクレツィアは夫に忠告し、ジョバンニはローマへと逃げた。

ロドリゴは、結婚不成立(性生活がなかったとする)を理由に離婚を申し立てた。
対してジョバンニは、ルクレツィアが兄チェーザレ・父ロドリゴと性的な関係にあったと主張した。

初めての恋愛

離婚調停中、修道院にいたルクレツィアは妊娠していた。
その頃ルクレツィアはある従者とただならぬ関係にあったが、
子供が生まれる1か月前、従者は別の女と一緒に川で遺体となって発見された。

この子供の出生証明は2通作成された。1つは兄チェーザレ落胤となっており、もう1通では父ロドリゴの子となっている。真相は不明。
ロドリゴの死後、義理の弟としてルクレツィアに養育された。
そののち、チェーザレが征服した地方を相続したため、やはりチェーザレの子供だったのかもしれない。

2回目の結婚

弟ホフレの義理の兄弟にあたるアルフォンソ=ド=アラゴンと結婚。
アルフォンソとの間に1人の子をもうけ仲のいい夫婦だったが、結婚生活は2年ほど。
政略的にアラゴン家とのつながりが不要になると、またして父と兄が2人を引き離しにかかった。

夫アルフォンソは突然暴漢に刺され、生き延びたものの、回復中のベッドの中で絞殺されていた。

チェーザレがルクレツィアに毒が入れられる細工の施した指輪を渡し、それによって毒殺させたとも言われている。

アルフォンソは美男子だった。
この頃梅毒によって顔にキズが残り、マスクと黒い衣服ばかり身にまとっていた兄チェーザレは、
妹の愛情を奪った美貌のアルフォンソに嫉妬していたと言われる。

兄同士の争い

父は子供たちの中でも、特にホアンをかわいがった。チェーザレは軍を率いることを望んだが、その役割はホアンに与えられた。
さらにホアンとチェーザレは、弟ホフレの妻を巡る三角(四角?)関係になって対立。
複雑すぎて意味がわからなくなりそうだが、このホフレの妻だったサンチャという女性は、夫の兄2人と関係を持っていたということらしい。

その後ホアンは、ルクレツィアの愛人が浮いていたのと同じ川で、喉を掻ききられた状態で発見される。
チェーザレと母と3人で食事をした後だった。

ロドリゴは大規模な捜査を命じるが、1週間後、なぜか捜査は急に打ち切られた。

安息

ロドリゴの、脅しに近い結婚申込みによってエスト家に嫁ぎ、やっと平穏を手に入れる。
夫アルフォンソ= ド=エストは自分も殺害されるのを恐れ、ルクレツィアを父親から遠ざけた。

この頃ルクレツィアは、義理の姉の夫も含めて複数の恋人がいた。義理の姉はルクレツィアにとっての親友。実に奇妙な関係だ。親友同士で1人の男も分け合う。現代人とは感覚が違う。
義兄はバイセクシャルでもあったらしく、そののち梅毒に羅漢してルクレツィアとの関係は終わる。

父・兄の死

ロドリゴの死後、ルクレツィアの人生を翻弄した兄チェーザレは勢力を失い、とうとう逮捕されるにいたった。
脱獄中に死亡。強盗に身ぐるみはがされて殺されたらしく、全裸で倒れていた。

この後のルクレツィアは芸術の保護や寄付などに精をだし、夫の信頼も厚く、人望もあった。
前夫との子が12歳で死去したとの知らせを受けて出家する。
1519年、出産から回復せず死去。39歳。

今のヨーロッパの多数の王族が彼女の血をひいている。


レ=ミゼラブルの作者ビクトル=ユーゴ―が彼女の人生をモデルにしたミュージカルを作ったというから、現代版を見てみたいな。2011年からドラマもやっていたそうだけど、打ち切られてしまったらしい。

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